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「どうした?!」
現在の塒である洞窟についたときは、雨につつめれそらは黒く染められていた。
出迎えたカシュアは、シュラの体についた返り血と、エルの腫れた頬を見て厳しい顔をする。
「すまない。」
「エルが悪いのよ!シュラのそばを離れたから。ごめんなさい兄様。シュラは悪くないのよ。シュラは助けてくれたんだもの。」
シュラのことばをさえぎり、エルはあわてて言う。
「エル。シュラが悪いなんて誰も言ってないだろう。ナニがあったか教えてくれないか?」
カシュアはやさしくエルの頭をなでる。安心させるように何度も。
「男の人がエルの手をひっぱりあげて、ばしーんとほっぺたを殴ったの。気持ち悪いにおいのする人だった。汚い服を着てんでシュラが助けてくれたの。シュラはすごかったのよ!」
「そうか。」
ただの夜盗か何かの類だろう。カシュアは安堵する。
あいつらならエルを逃がしはしない。
「シュラ大丈夫か?外で体を流してこい。エルは頬を冷やそうか。」
カシュアがエルの体を持ち上げる。カシュアの肩にからだを押し付けようやくエルは息を吐く。
もう一度あの時の不思議な男のことばを思い出していた。
「ねぇ。兄様。イレオスってなあに?」
カシュアの顔色が変わる。
「兄様?」
「それをどこで。」
「その男が言ったのよ。イレオスって。イレオスは生きていたって。ねぇシュラ。」
シュラがその漆黒の瞳をむけ、頷く。
カシュアの頭にはあの惨劇がよぎる。血の海と化した故郷のあの夜を。
エルにはいつか知らなければならないこと。
でもできることならいつまでも隠し通しておきたかった。
この呪われた血のことは。
カシュアの手が自然に震える。幼かった自分がそこにいた。
「エルの紅い目を見られた?」
カシュアはシュラに尋ねる。
感情の波で、紅く変化してしまうエルの瞳は、その『印』でもある。
激しく泣き叫ぶときにでなくとも、朗らかに笑うときに変化することもあるその象徴を、カシュアは危惧していた。
シュラがこっくり頷く。
「その男を殺したのか?」
「いや。」
ならば早急に場所を移さなければならない。
イレオスが、エルが生きていると知れば、やつらは手に入れようとするだろう。
必ずだ。
必ずやつらはやってくる。
その男は傷を負っている。近隣の町まで降りるまでの時間を考えても、今日にはここを発たなければ。
まだエルのことを知っているものがいたのだ。
この八年隠し通せたことが奇跡だった。
もう逃げてはいけないと神がいっているのかもしれない。
時間が来たのだ。
カシュアのエルを抱く手に力が入る。
「兄様?」
カシュアの様子に、エルの胸が騒ぐ。
胸の奥でざわざわとなにかが・・・誰かが遠くで叫んでいる声が聞こえる。エルには時折聞こえる声だ。
美しい透き通った声で、でもその声の裏にはとてつもない悪意がこめられている。
エルの大嫌いな声だ。植物たちの声とはまた違った内からの声。
いつも聞こえる。そう誰かの血を見たときに。
「エル。そろそろここも発たなければいけないみたいだ。お友だちにさよならいっておいで。
シュラも準備を」エルを降ろし、カシュアは剣を背負う。
出立の準備に取り掛かるカッシュの胸は不穏なもので多い尽くされていた。
「さようなら。楠の木さん。」
祠のまえにあったひときわ大きな木に向かいエルは叫ぶ。
老齢の少し耳の遠いこの木はエルのお気に入りだった。
こんどはどこにいくんだい?
「わからない。でも兄さまたちがいるから大丈夫よ。」
そうかい。さみしいね。君のような力をもったものは珍しいからね。
「そう?」
そうだよ。だけどきみはこのさきそのせいですこーしばかりかなしいおもいをするかもしれないね。
「また予言?やだな。」
だいじょうぶ。神様はちゃんとみているよ。がんばりなさい。
「うん。楠の木さんも。お元気でね。」
エルが大きな木下から駆け寄ってくる。
ざわざわとひときわ大きなその木が揺れるのをカシュアは見ていた。
エルにお別れを言っているのだろうか。
今度はどこへ行こう。
もうそろそろ、雪の季節だ。
エルにも雪を見せてやりたい。
この世の醜さだけをこの子に残したくはない。
カッシュはくれないに染まった空を見上げる。北へ行こう。






