14

金色の絹のような髪の毛が1本2本と風に煽られ、勢いを増したように髪の毛がさらりと舞い上がる。きらきらと朝の光を反射させその髪の毛はまた肩へと滑らかに着地する。
それはまだゆめの続きを見ているようだった。

シュラのいる場所から、風は一つも感じないのにエルの周りは風に包まれ、光に包まれているようだった。名も知らない木々が揺れ、小鳥達がエルの足元にみた事もないくらい集まってきている。
エルの口が動き何かをつぶやくと、ざわめきはさらに増していく。
シュラは家の入り口に立ち、その様子を眺めていた。
静かなざわめきが彼女を覆い、エルは静かに微笑み、それに身を委ねている。

エルはこの世の全てに愛されているのだとシュラは思う。
善も悪もなく、人間も動物もなく、生きとし生ける地球上全てのものがエルを愛しているようにシュラはその光景を見ながら思う。

シュラは今朝朝の光が顔にまぶしく目を開けた。
混濁していたシュラの意識が覚めると、自信がエルの寝ていたベッドに突っ伏していることに気付く。
エルの掛けていた毛布が自分の肩へと掛けられていることを、滑り落ちた毛布が知らせる。ベッドは冷たくもぬけの殻だった。

エルの姿を探し、ドアを開けそして今目の前に確かに彼女を見ている。

それは城でみた、豪奢な服ではなかった。だけれどもエルはやはり美しく何も変わらないように立っていた。
肩に纏った黒いローブが、その白さを引き立てる。
両腕を前に突き出し、空を仰ぐ。肩にかかった髪がさらりと宙へ舞う。
両手にも、両肩にも足元にもひらひらと小鳥たちが舞い降り、さかんに泣き声をあげる。

「兄様。」
声に、シュラははっとする。
エルはシュラの方へ向き、笑っていた。一息おき小鳥達はシュラに気付くとひらひらと幾本かの羽を残し一斉に飛び立っていく。
羽音だけがシュラの耳に残る。
「おはようございます。」
エルがシュラに駆け寄り、ぺこりと頭を下げる。

挙げた顔はまた笑っている。
あの城で見た胸が苦しくなるような微笑ではなく、シュラがいつも傍で見ていたあの笑顔だった。
「もう。大丈夫なのか?」
「うん。今兄様がここに来てからの事をみんなに聞いていたのよ。」
くすくすとエルがおかしそうに笑う。
口にやった赤く染まった指先が、彼女の外にいた時間を知らせる。

「この服を着ていた頃の兄様のこと。」
よく見るとエルが身につけているそれは、シュラが幼い頃身に付けていたものだった。エルが黒いパンツに襟ぐりの高い黒いシャツ。それに黒いローブを羽織っている。すべて自分が身に着けていたものだった。
それでも、エルには大きすぎるようで折り曲げた袖口や裾はエルをさらに小さく見せていた。
エルは冷えた指先を、こすり合わせる。
ざらざらとした感触はエルには、久しぶりのものだった。
「入ろう。ここは寒い。」
シュラは、エルの額に手をやる。
ひんやりとした温度が、シュラの手に伝わる。大きな瞳がその手を見上げる。
熱は本当に下がったようだった。

室内は暖炉の火で十分な温さがあり、エルとシュラの冷えた体を表面からじわじわ温めてくる。
エルはほっと息をつき、ローブをふわりと脱ぎ膝の前にたたむ。

住居に隣接されたナキアスの作業場からは鉄を打つ音が響きだす。

「ナキアスさんは剣を作る人なのね。」
エルはその音に耳を傾けながら、椅子へ腰掛ける。
「今朝教えて貰ったの。」
ぴんとした背筋が細く目の前にあった。
シュラは暖炉へ薪を足す。乾いた木の感触がさっきのエルの手を思い出させる。
ぱちぱちと木を弾く音がまたリズム良く鳴り出す。
「兄様。」
琥珀のエルの瞳が、窓の外を見ている。外はまぶしい光に満ち瞳はその光を受けまた薄く薄く輝く。外の木々のざわめきはまだ続いていた。
シュラは木々たちがエルに何をささやいているのか聞きたい。
どんな言葉を使ってこの少女を慈しんでいるのか、知りたかった。
自分はその術を持っていないから。
「ごめんなさい。でも私を助けてくれてありがとう。ここに連れてきてくれてありがとう。ごめんなさい。」
ありがとう。ごめんなさい。
最後のありがとうは声にならないほどかすれていた。
湿り気を帯びた瞳がこちらをむくとまたエルはありがとうと言葉にする。

またふわりとした空気がシュラとエルを包む。
空気までもが、エルを愛しているようだった。
「いや。」
エルの感謝の意にシュラは答えることはできない。
シュラ自身は当然のことをしたまでだ。
あの時エルを守るとカシュアに約束したのに、守りきれずに自分だけ偶然にしても逃げてしまったのは、自分の非だ。
だから謝られたり、感謝されたり、シュラはエルからは何ももらえない。
子どもの頃のように抱きついたり、笑いあったり、大きな声で泣いたりすればもっと楽なのにと思う。
だけど、会えない年月はもう二人を十分な大人にしていた。
「あまりまだ外には出ないほうがいい。城はまだ騒がしいようだ。」
「私が家の前ならいいと言ったんだよ。」
汗にまみれたナキアスが、額を腕の衣服でぬぐいながら作業場から出てくる。
暖められた室内でも感じる熱気が作業場からもれてくる。
「おじょうさんも久しぶりに外の空気を吸いたかろう。」
エルは、ナキアスとシュラを交互に見つめる。
シュラはあきらめたようにまたため息を吐く。
エルはその様子みてぬれた瞳で、笑う。
「シュラ。めし。」
腹が減った。4つあるイスのエルの隣にナキアスはどしりと腰掛ける。
角ばった汗のにおいがほのかに香る。
「私も手伝う。」
エルがあわてて立ち上がるのを、シュラは手でとめる。
「いいんだよ。シュラにやらせとけば。」
目の前でいけいけというようにナキアスがシュラに手をやる。


温かそうな食事が、目の前に並ぶ。質素だけれどもとてもおいしそうなにおいが食欲をそそる。エルはその細い指を組み目を閉じる。静かに祈りを唱えると、その後でそっと食事にスプーンをくぐらせる。
シュラはその様子を見て、頬を緩ませる。

キッチンにたったエルはその食材食材にそっと触れ、何かを呟いていた。
それは以前も見慣れた光景だった。
ひとつひとつの野菜たちにも感謝の意を伝え、包丁をたどたどしく落とす。
エルがそうすると、いつもの食材がなぜが一層おいしくなるのをシュラは覚えていた。
幼い頃、食事をするのにエルは涙を流していたとカシュアは教えてくれた。
自分のために命を落としていくものの声が直に聞こえるのだ、幼子には辛いことだったのだろうとシュラは予想する。
それがこの習慣を、生んだという。

「おいしい。」
エルが微笑む。紅い唇がぬれている。
ナキアスは何も言わずに、食事を口に運ぶ。
大方がもう腹部に納まっている
「おじょうさんの剣は、もう少しかかりそうかな。なんせ手が小さい。軽くしてやらんとな。」
誰にともなくナキアスが呟く。
「剣?」
怪訝そうにシュラがエルを見る。
エルは、シュラのほうを向き肩をすくめる。
「おじょうさんは、剣ができたら故郷へむかうそうだ。」
ナキアスの言葉が終わらないうちにシュラが言う
「それはいい。けど剣などいらないだろう?」
「一人旅に丸腰はよくない。」
穏やかにナキアスは最後の一口を口に運びいう。
一人旅?シュラはまたナキアスを見る。
「兄様・・。」
エルが首を振る。
「私・・・」
「おじょうさんは一人で行くつもりなんだろう?」
ナキアスが、エルの言葉を続ける。
シュラは眉間にしわを寄せ、二人を交互に見つめる。
ナキアスがエルのことを自分より良く知っていることにも憤りを感じるが、シュラはエルが一人でというところに更にしわを深くする。
「どういう・・?」
「剣ができたらここは出て行く。そのほうがいいと思うし。」
「なぜ?」
勤めて穏やかにシュラはエルに問う。
だけどエルは、言葉を濁す。
「子どもじゃないんだ。自分の行く道ぐらい。一人で決めるさ。それを与えたのはお前だろう?」
エルには、すべてを与えたい。
望むものすべて。そう思ったのはシュラに違いなかった。
だけど、その中に自分がいなかった時は?
シュラはふとその意思に、力が抜けるようだった。
「私はエルの中に、不必要か?」
激しくまたエルが首を振る。
「違う。」
「道はお前が決めたらいい。でも私にそれを、手助けはさせてはくれないのか?」
エルは首を振り続ける。
否定とも肯定ともそれは、取れる仕草でもあった。
シュラは、まだ食事の残った食器を乱暴に重ね立ち上がる。
いらだちはどこへ向けられたものかシュラ自身にも分からない。
エルか?自分か?
エルの手が自分にむけられたのを背で感じるがシュラはそのまま、キッチンへの扉を閉じる。

 

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